タイトルで触れられている3つの思考というのは条件思考、両面思考、箴言思考の3つ。
条件思考・両面思考はまあそれはそう、という感じだが、箴言思考がとても面白い。そりゃこれを最後に持ってくるわな、と思わせるほど良いこと言ってる。
箴言というのは教訓を含めた短い句といった意味の言葉で、カンブリア宮殿でよくある社長の静止画と神々しい音楽とともにテロップとして出されるアレのこと。
で、ただ社長の金言をありがたく受け取りましょうと言っているのではなく、それを科学知から抽出しましょうと言っている。
もちろん元となる論文を読んで自分で理解して、それを実務や日常生活で役立てるのが一番だと思う。しかし、現代では科学が高度化・専門家しているために、門外漢が論文を理解するのは非常に労力がかかる。
そこで、専門家が厳密さと引き換えに科学の成果を箴言として一般社会に共有し、一般の読者がその箴言を自分なりに役立てるように使っていきましょう、というのが箴言思考という主張である。
斬新さを感じたのは、箴言と科学を結びつけているところだ。
箴言の類いって、レトリックが効いていてフレーズとして面白いと思うものはたくさんあるし、嫌いではない。どちらかというと好きなほう。
「第1のルール:絶対に損をしないこと、第2のルール:第1のルールを決して忘れないこと」
ウォーレン・バフェット
「競争は敗者のためのもの。」
ピーター・ティール
「髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである」
孫正義
ただ、確かにそうかもな、と思わせられる内容でも、成功したから言えてるだけなんじゃないの?生存者バイアスじゃない?という疑念が入り込んでしまう。
でも、その箴言が科学知に基づいたものなら信頼ができるし、活用する気になるかもと思えた。
受け取り手が箴言を活用する価値があると思えることに意味があって、箴言の背景に科学知が存在するという事実がそれを可能にしてくれると思った。少なくとも自分はそう。
そして、構成として面白いのが1章で投げかけられた学者の価値とはなにか、という問いに対して、箴言主義が答えなっているところだ。
1章では学者にしかできないことはなにか、という話題からはじまり、役に立つとは何かと言う問いに収着する。きれいな展開ではあったが、1章では学者の価値は提示されなかった。
しかし、4章では箴言思考とは何かを説明することで、同時にその箴言を生み出すのは専門家である学者にしかできないことも説明しており、1章で話題にした学者にしかできないことの答えをさりげなく提示している。見事な伏線回収だ。
押しつけがましくなくてさらりと説明しているところがとても良い。学者の価値の提示は本論ではなく、あくまでスパイスなのである。
さらに、本書自体が箴言思考を実践する形になっていて、学者である筆者自身が学者の価値を証明している。本当にきれいな構成だ。さすが文章の専門家である。
また、条件思考、両面思考、箴言思考の使いかたをチュートリアル的に教えてくれる本書だが、そのチュートリアルがすべて面白い。
「実務上のピンポイントな課題を、経営学の知見によって解決する」スタンスはとらないと明言されており、実際書かれていないのだけれども、チュートリアルで使用される成果主義、官僚制、経営科学の話が、それ単体として非常に面白い。
技法うんぬんは抜きにして、シンプルに読み物として面白い。
成果主義を導入することで組織市民行動が見られなくなってしまうとか、コンコルド効果がコミットメントの役割を果たすなら正の効果と言えるんじゃないかとか、「客観的に美しい」というときの美しいって主観じゃないのか、とか。ピックアップしようと思えばいくらでも面白い話題があるが、それらの話題は本書を要約するとなると、捨て去られてしまうだろう。本書の面白いところはそこなのに。
巷ではビジネスパーソンや就活生必携の「要約」サービスなるものが存在する。そのようなもの価値を否定はしないが、要約からは得られない本の面白さを本書は教えてくれる。