リチャード・P・ルメルトと言えば「良い戦略、悪い戦略」が有名ですよね。自分は大学のゼミ(ゲーム理論)の教授に何か面白い本ありませんか?と聞いて教えてもらった本の一つに「良い戦略、悪い戦略」がありました。本書でエヌビディアの戦略が絶賛されていたので、当時半導体とは何かもいまいちわかっていなかったですがエヌビディアの株を購入してちょっぴり儲けました。ラッキー。
上京のタイミングでお金が足らず泣く泣く売却してしまいましたが、その後また購入してまた儲けさせてもらってます。がんばれ革ジャンおじさん。
さて、どうやらリチャードさんは世に蔓延るインチキコンサルイティングみたいな人が大嫌いみたいで(最近Xでよく見ますよね)、彼らが多用する、空欄にビジョンやミッションや戦略を書き込んでいく「お仕着せの穴埋め式テンプレート」のせいで悪い戦略が生み出されると主張しています。自分も、まるで大喜利のように生み出される〇〇コンサルという肩書きを持つ人たちがあまり好きではなかったので、ほいほいリチャードさんの言うことに惹かれていきました。もちろん悪口を言っているだけではなく、自身がコンサルティングした経験や、様々な企業が実践した具体的な戦略をもとに、良い戦略とは何かについて多面的に語っており、こちらもおすすめです。
さて、本書「戦略の要諦」ですが、ぶっちゃけ書いてある内容はほとんど「良い戦略、悪い戦略」と同じです。そのため戦略とは何かについて知りたいという場合は、どちらかだけを読めば十分だと思います。ただ、どちらの本も引用される具体例が面白くて豊富なので、読み物として読む分にはどちらも読むというのも大いにありだと思います。
印象としては「良い戦略、悪い戦略」のほうがより詳細で濃度が高いです。対して、「戦略の要諦」は要諦というだけあって、よりシンプルに重要な要素だけを主張しようという印象を受けます。また、リチャードさんが趣味としているボルダリングの話が本論の導入部として随所に差し込まれています。このおかげで読みやすくなっているし、一貫性も生まれていて書籍としての品質がグッと向上しているように思います。戦略論の専門家として一流で、文章もうまいのはちょっとずるいなあ。ガチでえぐいぞ。
戦略について、ふむふむ(なるほど、といえるほど理解できている気がしない)、と思わされる点は枚挙に暇がないですが、中でも肝に銘じておきたいと思ったのが、目標を立ててから戦略を考えるのではなく、戦略を考えた先の最終到達点として目標が存在する、という主張です。「売上を〇〇%アップする」のような目標を立てて、その目標に対して「広告に力を入れる」「品質を改良する」などの取って付けたような戦略(という言葉を使うとリチャードさんに怒られるかもしれないが)を立てても何も課題は解決されない。まずはどのような課題が存在しているかを認識することから始め、そのうえでその課題を解決するための行動目標を設定せよ。という意味だと解釈しました。
そうはいっておきながら、これを自分個人に当てはめてやってみようとすると、なかなか難しい。まず個人にとって課題とは何かがわからない。課題の発見や分析が一番難しいので当然なんですけどね。論理だけ知った気になって行動できていないのがもどかしい。今はまだ戦略を立てる必要がある場面ではないだけ、ということにしておきます。
おまけ
「良い戦略、悪い戦略」と「戦略の要諦」の主張がどれだけ似ているのか実際に調べてみました。
選択と集中
- (良い戦略に必要なのは)こちらの打つ手の効果が一気に高まるようなポイントをみきわめ、そこに狙いを絞り、手持ちのリソースと行動を集中すること。「良い戦略、悪い戦略」
- 戦略とは困難な課題を解決するために設計された方針や行動の組み合わせであり、戦略の策定とは、克服可能な最重要ポイントを見きわめ、それを解決する方法を見つける、または考案することにある。「戦略の要諦」
- 戦略家が「フォーカス」と言うとき、それは単に注意を集中することではない。絞り込んだターゲットに持てる力をすべて集中投入することを意味する。「戦略の要諦」
アンチテンプレ
- 悪い戦略はまた、お仕着せの穴埋め式テンプレートからも量産されている。「良い戦略、悪い戦略」
- 悪い戦略の特徴3 目標を戦略と取り違えている。「良い戦略、悪い戦略」
- すぐれた経営者たちは、(中略)出来合いのリストやコンサルタントのマトリクスや戦略チームのプレゼンから戦略を選ぶようなことはしない。さらに重要な特徴は、戦略を「わが社は将来こうありたい」といった類の固定的な目標や願望とは考えていないことだ。「戦略の要諦」
順位付け
- 良い基本方針は、目標やビジョンではないし、願望の表現でもない。難局に立ち向かう方法を固め、ほかの選択肢を排除するのが良い基本方針である。「良い戦略、悪い戦略」
- (課題に取り組むアプローチとして)選別が必要になる。まずは事の緊急性に基づいて順位をつけ、喫緊の課題をいちばん上にし、先送りできるものは下位に回す。「戦略の要諦」
確証バイアスからの脱却
- これこそが、戦略思考の極意だと確信する。いろいろな戦略ツールを使いこなすことより何より、自分の考えを自分で疑い検証できることが大切なのである。「良い戦略、悪い戦略」
- 何かアイデアが浮かんでも、それに飛びつかず、厳しく検証することが必要だ。そのアイデアがよさそうに思えても、ひとまず保留にして別の道を探すことを怠ってはならない。
かなりニュアンスが近かった部分を対比してみました。ほかにも両書において似たような主張は多々ありますが、キリがないのでこの辺りにしておきます。
ざっと2冊を見比べてみた結果、「良い戦略、悪い戦略」は理論(抽象)寄り、「戦略の要諦」は実践(具体)寄りだという印象を受けました。たとえば、どちらにも企業の慣性の話がでてくるのですが、前者では慣性を分類することで、慣性に対する理解を深めようとしています。一方後者ではそれ自体についての詳しい記述ではなく、なぜ慣性が大きくなるのかの原因について、またその解決方法について焦点を当てて書かれています。
そして、「良い戦略、悪い戦略」というだけあって、こちらは悪い戦略についても結構な分量が割かれていて毒気が強いように感じました。このように、大筋として主張は同じ、ただし細かい違いがあって好みは分かれそうで、余裕がある&リチャードさんが好きならどちらも読むのがおすすめです。ボードゲームで言うと白ブラスと黒ブラスみたいなもんですかね。「戦略の要諦」が白ブラスで、「良い戦略、悪い戦略」が黒ブラスです。
個人的には「良い戦略、悪い戦略」の方に軍配が上がるのでまた読み返したくなりました。でもブラスは白ブラスのほうが好き。